SHIINBLOG

盆踊り

僕の自宅の裏には幼稚園があるのだが、その幼稚園では7月末になると「盆踊り大会」なるものが行われる。盆踊りだから東京音頭だの炭坑節だのお約束の盆踊り曲をやるため、大体7月に入ってから大会までの期間日中は園庭でずっと盆踊り曲を流しているのだ。

その中でも問題なのが(というより僕が引っかかっているのは)「ドラえもん音頭」である。

1979年8月に「ドラえもん音頭/ぼくドラえもん」の両A面シングルで発売されたのがはじめらしい。おなじみドラえもんの主題歌である「ぼくドラえもん」と並んで両A面だったのはかなり意外に思えるのは僕だけだろうか。

 

今年で40周年を迎えるこの曲だが、僕が懸念しているのは「この曲を今の子どもたちがドラえもんと認識できるのだろうか」ということだ。

今この文章を読まれている方の多くは御存知だろうが、ドラえもんは2005年4月にシリーズを一新し声優やらキャラクターデザインやらテーマ曲やらが変わった。

僕の世代ぐらいまではまだ旧ドラえもん(大山のぶ代時代)を知っている人も多いのだろうが、よもや20年近く後に生まれた世代には全く分からないのではないか。今の幼稚園児たちは「ドラえもんを騙っている何かが『ドラえもん音頭~ぉ』と連呼している」と感じているのではないかと危惧せずにはいられないのだ。

 

ちなみ僕が幼稚園児の頃も盆踊り大会があって(その幼稚園とは違うところだったが)そこでもやはりドラえもん音頭を踊った記憶が残っている。

 

このまま30年,40年経って新ドラえもん(水田わさび時代)しか知らない世代が多数派を占めるようになっても幼稚園の盆踊り大会で「ドラえもん音頭」を踊り続けるのだろうか?さらに60年,70年経っても「ドラえもん音頭」が残っていたらそれこそ「無形文化財」みたいな形で日本の伝統芸能的な立ち位置になっているかも知れないと思うとこれはこれで恐ろしい。

そうなるとアニメの方も三代目ドラえもんとか四代目ドラえもんとか最早歌舞伎や能のようになるのではないか。長寿アニメが伝統芸能のそれと化していくのはとても興味深いけれど逆を言うならばドラえもんをはじめとする長寿アニメというコンテンツには終わりが見えないというただそれだけのことである。

だってドラえもんサザエさんのようなアニメの最終回ってどうやって作ったらいいか分からないでしょ?(一応ドラえもんには「最終回」と名を打った二次創作がありこれはこれで面白い。)

 

だから僕はこの「ドラえもん音頭」が連綿と受け継がれていくことに恐怖の念を禁じ得ない。ドラえもん音頭は日本の伝統文化として受け継がれるポテンシャルを持った歌謡曲であることを自覚せねばならない。

 

ここまで書いて僕が何を言いたいかと言えば、僕は頭は古い人間だから大山ドラえもん以外は受け入れることはできないということである。だから毎年この時期に幼稚園からドラえもん音頭が聴こえてくるとちょっと安心するのだ。

 

P.S.

愛知県のどこかには「無音の盆踊り大会」というものがあって、これは参加者がみんな専用の受信機にイヤホンを刺して踊るという盆踊り大会があるという話を前にテレビで見たことがある。

なんでも会場の近所の住民から「うるさい」とかなんとか苦情が出たところ、対策としてそういう無音の大会になったそうで、まぁ「日本の奇祭」という面では耳目を集めることができなくもなさそうだが、あまり楽しくはなさそうと思った記憶がある。

仮にアーティストのライブとか夏フェスがそういうシステムだったら絶対嫌だろうな。

 

追記(2019.8.14)

愛知県ではなく、石川県金沢市だそうです。

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